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ユーリン・ホームNews
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祖父の願い
こんにちは「倉敷の工務店ユーリン・ホーム」の
ガマはガマでもワガママのガマです。
小中井君と奥さんが津山の占い師さんの所に行った時
私の背後に『穏和な老人の姿が見える』と言われた。
その老人が私を見守ってくれていると言う。
私はその人が京都で大工の棟梁をしていた祖父だと確信している。
高校3年生の時、その祖父が請け負った家に行った事がある。
偶然であった。
同級生の家に遊びに行き「中井です」と自己紹介すると
「もしかして、『大喜の棟梁』のお孫さん?」
その家のお婆さんが尋ねてこられた。
「大喜さんはほんと、ええ棟梁やった。
建ててもろおて25年になるけど
家にチョビットの狂いも無い。
生きてはる時はチョイチョイ家を見に来てくれたはったのに
若こうして死なはって残念な事やなぁ」
もしかしたら、この時のお婆さんの言葉が
私に建築会社を創らせる力を与えてくれたのかもしれない。
祖父は63歳、私が小学5年生の時にガンで無くなった。
私も来年は祖父の年になる。
死んだ後、残念がってくださる方がおられる様に
「名を惜しむ人生」を送りたいと考えている。
そして、毎月の墓参りでは
「私の家族と建てていただいたお客様ご一家」
の健康と幸福を願って祖父に手を合わせている。
「家造りは幸せの器創り」
私も祖父の願いの分かる歳になったのだと思う。
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(ユーリン・ホーム) 2012年2月 7日 18:32 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
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同じカテゴリの記事
伝説
こんにちは「倉敷の工務店 ユーリン・ホーム」の
ガマはガマでもワガママのガマです。
先日のO様邸の上棟の日に、施主様と雑談をしていて
「ワタシ、O建美では『伝説の営業マン』と呼ばれているんですよ」
と言ったらしい。
帰宅途中、小中井君から指摘されました。
「よくシッレッとあんなことを自分で言えますねぇ。
Oさん、どう返事したらいいものかと困っておられましたよ」
「いいじゃないの、所詮B型人間なんだから・・・」と返事しながら
(同じB型人間でもナガシマさんなんかゼンゼン凄いんだから・・・)と
ある場面を思い出していました。
カール・ルイスという陸上短距離走者で、
当時では世界一有名なアスリートが来日した時
そこに居合わせたナガシマさんが大声で呼びましたからねぇ。
「ヘイ・カール、カール、カール」
今でも思い出しますよ。
カール・ルイス、キョトンとして『どう返事したらいいものかと困っていました』ね。
それにしても、僕らの世代はナガシマさんが好きですよねぇ。
小中井君が参加したセミナーで聞いたという
『ナガシマ逸話』を話してくれたことがあります。
ナガシマさんが野球解説者をしていた時の事、アナウンサーが尋ねました。
「ナガシマさん、この試合はこれからどういう展開になるでしょうね」
「そうですねぇ、
むつかしいですねぇ、
1点でも多く点を取ったチームが勝利するんじゃあないでしょうか」
ニコヤカな表情をして、少し甲高い声で思慮深く答えている
ナガシマさんの姿が目に浮かびます。
B型人間は人様から愛されるのですよ。
(ユーリン・ホーム) 2012年5月17日 13:13 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
変な小ばなし
こんにちは「倉敷の工務店 ユーリン・ホーム」の
ガマワガまでもワガママのガマです。
天皇・皇后両陛下がエリザベス女王の即位60周年行事に
ご参加なさる為に渡英されました。
天皇陛下が前回に渡英なさったのは1953年だといいます。
敗戦後8年しかたっていない頃です。
それで『変な小ばなし』を思い出しました。
「マッカーサー元帥は自分の事をどう称するのだろうか?」
「『ヘソ』に決まっているだろう」
「どうして?」
「天皇陛下(昭和天皇)より上らしいからね」
小中井君たちの世代の人たちには分からない『小ばなし』でしょうね。
若い世代ですが、すぐに分かりました。
が、本当に変な小話で、コメントのしようがありません。 by 小中井
(ユーリン・ホーム) 2012年5月17日 13:09 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
よろず相談員
こんにちは「倉敷の工務店 ユーリン・ホーム」の
ガマはガマでもワガママのガマです。
同じ様な事は続くものです。
ブログ「生きろよ」で書いたN島さんと同じ頃に一緒に働いていた
Y田さんという奥さんから今日、相談の電話がありました。
Y田さんの実家を相続されている弟さんの容態が悪いらしいのです。
弟さんは独身を貫かれ、係累はいないとのことです。
お父さん、お母さんは既に亡くなっておられ、
「弟にもしもの事があったら相続はどうすればいいのか」
というのが電話の内容でした。
実家には家屋と宅地に田畑や山林が少しあるらしいのですが
それぞれの名義が弟さんとお父さんとお母さんに別れており
話を少し複雑にしているのは
Y田さんが子供の時にお母さんが再婚されて
お父さんが養子に入られ、男2人女1人が出来た事でした。
Y田さんと3人の弟妹は異父兄弟だと言うことです。
「お父さんが婿養子に入られた時に
Y田さんと養子縁組をされているかどうかだろうね。
弟さんとお母さんの相続は残った3人に平等に権利があるけれど
お父さんと養子縁組をしていなかったら
Y田さんとお父さんとは法的には他人扱いとなると思うよ」
そのように答えたのですが、正しいのでしょうかね。
『よろず相談員』は内心の動揺を抑えて、自信たっぷりにお答えしておきました。
それにしても、昔の知り合いから相談事の時に思い出してもらい、
電話をいただける事は(ありがたく、うれしい事)ですよ。
(ユーリン・ホーム) 2012年5月15日 18:37 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
輪ゴム
こんにちは「倉敷の工務店 ユーリン・ホーム」の
ガマはガマでもワガママのガマです。
1週間前に奥さんからある物を渡されました。
「これをいつも付けとくんよ」
昨日の母の日の食事中に母が目聡く見付け、尋ねてきました。
「アンタ、手首に何をはめてるのん?」
「見て判らんか、輪ゴムやんか」
「何の為にはめてるのん?」
「腹が立ちそうになったら引っ張るねん」
「引っ張ったらどうなんのん?」
「離すねん」
パッシと肌を打つ大きな音がして父も、耳の遠い母も飛び上がりました。
「痛いがな!!!」
「オヤジさんが何で痛いねん、痛いのは僕やがな」
「何でそんな事するんえ?変な子やなぁ、なぁカズちゃん?」
「そのカズちゃんの命令なんや」
「ええのええの、ママさん。
『短気を治すオマジナイ』なの
腹が立ちそうになったら、
ゴムを引っ張ったら落ち着くんじゃて」
「フ~ン、そうかぁ」
最近は奥さんのすることに逆らわない母です。
この輪ゴムは『孫悟空の頭に付けられた金箍児(きんこじ)』のようなものです。
孫悟空は如来に付けられ、私は奥さんに付けられました。
この輪ゴムのお陰なのか、この1週間はわり合い心平穏に生活しています
しかし、私には田中志野さんに作っていただいた『念珠』がありますから
そっちを付けるほうが好いのですけれどねぇ。
手首に輪ゴムでは貧乏臭くてカッコ悪いではありませんか!
(ユーリン・ホーム) 2012年5月14日 16:21 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
生きろよ
こんにちは「倉敷の工務店 ユーリン・ホーム」の
ガマはガマでもワガママのガマです。
一昨日(12日)の午後6時にN島さんという奥さんから電話がありました。
N島さんは25年ばかり前に私の下で働いて下さっていた方で
5~6年前にお食事をする機会があった後、久しくお逢いしていませんでした。
電話の用件が済み、近況を話し合っているうちに
2年前に20歳ソコソコのお孫さんが事故でお亡くなりになった話になり
電話口にN島さんの泣き声が響いてきました。
私も思わず嗚咽を洩らし、熱い涙が頬をつたわり落ちていきました。
昨日(13日)は母の日で、小中井君と次女も実家に集まってくれて
両親を交えての楽しい夕食が出来ました。
オカズは私のリクエストで唐揚でしたが、お酒の種類だけは何時もの様に豊富で
日本酒・ビール・焼酎・ポートワイン・リキュールと何でもありでした。
その食事中、N島さんのことを思い出し、
この中から小中井君や次女が欠ける事があれば
(ワタシは酒に溺れてしまうだろう)と少しセンチメンタルになりました。
今朝、新聞を読みますと驚くべき記事が載っていました。
『就職失敗で自殺・昨年150人以上・30歳未満』
(この人たちの親御さんはどの様なお気持ちなのか)と切なくなってしまいました。
たかが『就職失敗』で『自分の命』を絶つ事もないだろうと
親としての立場で考えてしまいました。
私なんか、どこへ行っても上手くいかずに職を8回も変えてきました。
今の『健康保険・被保険者証』は『記号 OOOOOOOO 番号 1』です。
使ってくれる所がなければ自分で自分を使う道を考えれば良いのです。
『就活失敗』くらいの事でで死なれたのでは親としては『踏んだり蹴ったり』です。
「身体髪膚これを父母に受く 敢えて毀傷せざるは孝の始めなり」
最後に感じたのは『憤り』でした。
「生きろよ」
(ユーリン・ホーム) 2012年5月14日 16:16 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)













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