新築注文住宅ならユーリンホーム。
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ユーリン・ホーム

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ユーリン・ホーム

社長ブログ

物づくりのストーリー(Story・物語)とヒストリー(History・歴史)

アナタの隣りの工務店 倉敷茶屋町ユーリン・ホーム。

昨夕 帰宅途中のヒロが実家に寄りました。

seraehonhn7.jpgsutego7.jpg「S良さんが来られて・・・」
「奥さんが・・・?」
「ご主人が・・・」

ヒロトにお祝いを下さいました。

3冊の絵本と木製のスネークと
3枚のシャツと半ズボンセットと
トウモロコシ沢山たくさん。

うす緑のシャツには
SUTEGOの文字。seratou7.jpg

絵がステゴザウルスでした。
.
S良さんの奥さんとヒロが
アルバイト先で知り合ったのは
奥さんが30歳でヒロが20歳の時のストーリー。

問わず語りに
S良さんは結婚されていて
いずれは家を建てたいとの
お気持ちがあると ヒロが
住宅営業をしていた私に言いました。

家をお建ていただいたのは会社を創って3年目でした。

ユーリン・ホームが手掛けた2棟目の家で
奥さんが40歳でヒロが30歳の時のストーリー。

レッカー車の運転手と
S良さんのご主人が
中学校の同級生で それぞれ
S良さんは女の子ばかり4人で
運転手は男の子ばかり4人の
子持ちの父親になっていたのが
面白くて楽しい思い出でした。

S良さんにお引渡する前の
家の見学会に参加されて
玉島のM原さんやY
冨さんが
ユーリン・ホームで家を
建てることになったのも
嬉しくてありがたい出来事でした。

S良さんに家を建ていただいて7年になり
4人のお嬢さんも大きく変容されていき
その都度お目にかかって喜びを
分かちあってきました。

今また
ヒロトにお祝い物をいただき
ひとつのストーリーができました。

S良家とユーリン・ホームとの
今までに有ったストーリーを紡いでいくと
17年の長いヒストリーができてしまいます。

ユーリン・ホームは家づくりを
ただのストーリーで終わらせるのではなくて
ストーリーを紡いでひとつの長いヒストリーを
織り成していく会社なのだと考えています。

S良さん・・・いつも有難うございます。

これからもよろしくお願いいたします。

今年も私が好きなキキョウが咲きました。2018kikyousaku7.jpg

地植えにして丸4年目です。

1年目に咲いていたのは
たった2輪の花でした。

今年は
奥さんが切り花にしても
まだ残っているほど
たくさんの花を付けてくれました。

家づくりも 花づくりも
一度のストーリーで
終らしては詰まりません。

ストーリーを紡いでヒストリーにすることが
忘れてはならない大切な物づくりの秘訣なのです。

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遊びをせんとや

アナタの隣りの工務店 倉敷茶屋町ユーリンホーム。

今朝の3時半は星ひとつ輝いていない曇天でしたが
雨は全く振っておらず 『雨あがる』気分で
タントを連れて散歩に出掛けました。

ところが 折り返し時点の名もない祠の所で
タントにジャーキーをやっていると
突然 ポツポツと肌を刺すほど強い雨が降り始めました。

全身ずぶぬれで あっという間に
服が体重ほど重く感じられるようになり
吹く風に体温が奪われて
肌が冷たく氷のようになってきました。

平地の何でもない場所ですら
雨に濡れ 風に吹かれると 瞬時に
このような変化が体に起こるのですから
『山道の散歩をあなどってはいかんなァ』
などと 思わず知らず感心してしまいました。

散歩好きのタントも ビショビショになって
早く帰りたかったのでしょう
今朝は一直線に家への道を突き進みました。

いつになく 早く終わってしまった今朝の散歩でした。

またまた 孫のヒロトの写真です。fauu7.jpg

昨日は「discogirl」で買ってやった
もう1着のシャツを着せてもらっていました。

シャツに「FUN]と書いてありました。

「オナラばっかりするからFUN(フン)か???」と私。

「フンじゃなくてファンて読むんじゃが!!!」と奥さん。

     遊びをせんとや 生まれけむ
        戯(たはぶ)れせんとや 生まれけん
     遊ぶ子供の 声きけば
        我が身さえこそ 動(ゆる)かるれ

「FUN」は「ファン」と読んで「遊ぶ・戯れる」という意味でした。

今日は水曜日の私の定休日です。

これで帰ります。

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岡山市のお客さんたち

アナタの隣りの工務店 倉敷茶屋町ユーリン・ホーム。

昨日rusaronnminiyonn7.jpgは午後から
岡山のお客さんたちの家に
挨拶がてら顔を出してきました。

一番最初は ヒロトと同じ12月で
日にちは3日だけ早く生まれた
M君のいるKさんのお宅でした。

M君を抱いてきましたが
色白で 目のクリクリした赤ちゃんでした。

成長したら白皙の美青年になりそうです。

色黒のヒロトがゴンタクレに見えました。
.

京山で家をお建ていただいたK藤さんはkatousannchi7.jpg
今年 初めてご自宅で お仲間と
ポーセラーツ・シュールデコールなどの
作品展示・即売会を開催されていました。

ポーセラーツだけでなく
天然酵母パン教室も開き
ご自宅で教えておられます。

お問合せはこちら・・・
TEL : 090-5266-4263

K藤さんの展示会で買ってやったシャツを
昨夕 うちの奥さんが
風呂上がりのヒロトに着せていました。

ヒロトはこのような色目・柄の系統の服が
よく似合っているようです。

今在家のK島さんのお宅では
厚かましくも3人で居間に上がり込み
冷たいお茶を飲みながらくつろぎ
ヒロトはお布団を用意してもらって
オシメまで替えさせて頂きました。

ogyatto7.jpgdisukoga-ru7.jpg昨日 お客さんたちの家に
ヒロトが着ていったシャツは
前日 
コンベックスの「おぎゃっと21」の
展示会場に出店されていた
discogirl(ディスコガール)」で 
買ってやった2着のうちの1着です。

ヒロはシャツなどを買ってやると
すぐにヒロトに着せてやり
見せてくれますので
また 買ってやったシャツが
ヒロトに似合っていると
思うものですから
センスが良いと自画自賛してしまい
子供服が目に付くと ついつい 
私も手を出してしまいます。

財布の紐を固く絞り『自重しなければ・・・』と自嘲しながら反省です。

昨日の昼食は「食彩むくの実」で摂りました。
〒701‐1202 岡山市楢津216‐8(一宮高校北)。

いつか 奥さんと一緒に行きたいお店でした。

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7月の墓参とバーバリー

家づくり 行こうユーリン 話そう悩み 倉敷茶屋町ユーリン・ホーム。

7gatubosann3.jpg7gatubosann1.jpg毎月恒例の
お墓参りに
行ってきました。

ヒロは
お客さんに
見積書を
直行で
お持ちする
ということで
来れませんでした。

私が花筒を
洗っている間に
奥さんとハヤが7gatubosann2.jpg
お墓を洗って
供物や花を
飾ってくれました。
.
お墓参りの後は
これも毎月の恒例になっている
加須山の喫茶・バーバリーでの朝食です。

バーバリーのモーニングは
4種類あって どれも550円です。

私はサンドウィッチ・セット。

奥さんとハヤはホットサンド・セット。

美味しくて量が多くて安いですから
9時頃から賑わっています

今朝もほぼほぼ満席状態でした。

また1ヶ月が始まります。

それにしても・・・暑いですねぇ・・・!!!

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7月の「禅語こよみ」

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今日から7月で1年の折り返し点です。

私が今朝目覚めたのは午前3時ですが
お月様とお日様は
もうすでに旅立っておられました。

「なるほど月日がたつのは早いもの・・・!!!」

などなど陳腐な駄洒落を言いながら
事務所に来て「禅語こよみ」を7月にしました。

hisuizu7.jpg荷葉翡翠図 (雪村周継筆・室町時代)

身は枯葦の危うきに居して
心は深潭の底に在り (寂室元光「翡翠」偈頌)

 枯れ蓮の くきにとまれし カワセミよ
        まなこするどく えものねらうか

枯葦=こい・・・・・・・・・枯れた葦(あし)
深潭=しんたん・・・・・深い淵(ふち)
偈頌=げじゅ・・・・・・・禅宗で悟りの境地などの
         宗教的内容を表現する漢詩
         偈・詩偈・頌に同じ
荷葉=かよう・・・・・・・蓮(はす)の葉
翡翠=カワセミ・・・・・hisui7.jpg・・・・・・・・・・・・

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いただいたハガキで浮かんだこと

家づくり 行こうユーリン 話そう悩み 倉敷茶屋町ユーリン・ホーム。

沖垣達先生から絵葉書をいただきました。

「秋にでもまた」と書いてありましたので
佐藤先生が退院されたら
「佐藤先生、帰って来た会」でも
有志一同でしたいものです

okigaki20186.jpg  橿原神宮/久米

久米舞は神武天皇東遷のみぎり、
大和の宇多で戦勝の宴を催された時、
天皇の御製の歌に久米部の兵士らが
合せて歌い舞ったのが起源とされている。
橿原神宮に最も縁の深い上代歌舞である。

沖垣先生はお便りをしますと
必ず返信を下さいます。

できそうでいて
ナカナカできないことです。

.
ヒロの敬愛している方に坂田道信氏がいます。

プロフィール
 昭和15年広島県生まれ。33年向原高校卒業。農業のかたわら大工見習いとなる。
46年森信三氏と出合い、「複写ハガキ」に目覚める。現在ハガキ道伝道者として各地で
講演活動に励みながら、地元広島で断食や玄米採食など正しい食事のあり方の指導も
行なっている   (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
                『この道を行くハガキ道に生かされた四十年』より

坂田道信氏は日本で唯一
個人的〒を持ち 〒と名前だけで
郵便物を届けるのを
昔の郵政省から認められた人です。

〒739‐1296 坂田 道信様

郵便番号の「〒」マークは
「テイマーク」とか「ティーマーク」
あるいは「ユウビンマーク」とか
呼ばれていますが 元々は郵政省の前の
逓信省(Teisinshou)の「T」が由来です。

逓信省で思い出したことがあります。

前島密が明治時代に「全国均一料金」の
郵政制度を作りました。

郵便のために設置されたのは
杉材で作った四角い箱を黒く塗り
白い文字で「郵便箱」と書いた
郵便受けでした。

明治人はこの文字を「便垂れ箱」と読んで
公衆便所として使用した人もいたということです。

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