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家造りへの思い

なぜ父と娘で会社を興したのか

良い家を創りたいという思い

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会社の名称は論語の「徳不孤必有隣(徳は孤ならず、必ず隣り有り)」の有隣からとりました。
意訳すれば「正しい事をしていれば必ずわかってくれる人がいる」という様な事でしょう。

父娘2人で会社を興したのは、良い家を創りたいという思いが強かったからです。

flair家造りの仕事に魅せられて~中井 勝人~
flairなぜ家造りの仕事に飛び込んだのか~中井 千尋~


では、本当に良い家とは何なんでしょうか?

それは構造(性能)なのか、あるいはデザイン(間取り・設備)なのか、
それとも、

構造とデザインとをひっくるめてのものなのか。

もちろん、ひっくるめたものだと考える方が大多数でしょう。

しかし、それを実現しようとした時には、建築費の予算オーバーということが間々おこります。

また、多くの建築会社は、営業社員、設計社員、工務社員をやとい、
それぞれ仕事に当たらせています。
そこに意思の疎通の妨げが出てきます。

施主様の考えや思いがつたわっていない。

しかし、契約をしてからでは、施主様の立場は「家を建ててもらう」という受け身になっており、
少しの事なら我慢をする。

工事はその様な思いを無視して進み、結果として
契約前に営業社員に話していた内容と違う物が出来てしまった。

それは家全体のことからいえば、ささいな事かもしれませんが、大金を出して創ったものであるから、
小さな物事にこだわりたいのが施主様の気持なのです。

娘の千尋が協力を申し出てくれました

私は今まで、上記の様な問題点をかかえながら、住宅営業をやってきました。

そして、そうした問題を解決するには、自分が会社を興すしかないと考え始めた時、
娘の千尋が協力を申し出てくれ、宅建主任者の資格をとり、今、また建築士に挑戦しています。

2人で始める会社には、仕事もしていないのに給料だけはもってゆく社員はおりませんから、
必要以上の利潤を追求する事はありません。


施主様の家族関係や住まい方をとことん尋ねた上での外観や間取りを尋ねた当人が施工し、
管理監督するのですから意思疎通がとぎれることもありません。


また、施主様の求めておられる性能内容がよく分かっていますから
過剰な性能に走ることもありません。

その上に娘が何十年も会社を続けていってくれますので、
お引渡し後のメンテナンスの心配もないのです。

家というのは、本当に面白いものです。

現場で創り出すものですから、会社のもつ思想が表われてくるのです。

ここで一工程手を加えるとぐっと良くなるということがあるのですが、費用がかかるので、
といってサービスでは嫌なのでほっておくという会社が多いのです。

その一例を展示場では、お見せできると思います。

少しぐらい費用がかかっても、「品格のある家」を創りたい、
それがユーリン・ホームのコンセプトです。


家造りの仕事に魅せられて ~ 中井 勝人 ~

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物を創造する仕事

大学卒業後、多くの仕事を経験しました。会員の募集や物品の販売、土地の買収、一貫していたのは営業だということです。

40歳代になり、知り合いの紹介で、住宅営業に足を踏み入れました。

家をお建てになるお客さまを見つけるのが仕事です。これは今までの営業とかわりはない。 しかし、その後が違っていました。家は物品ではなく、売る物がなかったのです。売るためには、お客様と話し合い、希望を聞き、売る物を作り出さなければいけない。

入社1ヶ月目で、お客様と巡り合い、間取りプランを一緒に造りました。 その時の、新鮮さと喜び。

住宅営業というのは、物を売る仕事なのではなく、物を創造する仕事なのだと実感したのです。

会社を立ち上げる第一動機

創造する仕事だから、造っている途中が心配です。現場へ足を運ぶ回数も増えます。 完成した家にお客様が入居された後の様子も気に掛かります。
近くに行くと訪問し、具合をお聞きします。

そうして、どんどん家の魅力にとりつかれていったわけです。

祖父が大工の棟梁で、工務店を経営しており、その祖父を本当に好きだったという気持ちが、家を造るということと関わることで思い出されることもあるのかもしれません。

お客様満足度の高い家を造り、そのお客様と長く付き合いたいという思いが、会社を立ち上げる第一動機だったのは確かです。


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なぜ家造りの仕事に飛び込んだのか ~ 中井 千尋 ~

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父からの教え

私が9歳の頃、父は住宅営業の世界に飛び込みました。

当時の私には、それがどんな仕事なのか、よく分かっていないところも多かったけれど、唯一分かっていたことは、父が本当に「家が好き」だということ。

朝2人で犬の散歩をしているときも、「あの家ええなぁ。なっ、......が......で...」「この家のつくりはなぁ...」と、いつも楽しそうに教えてくれました。

高校へ進学するとき、父は「おまえには建築科が向いてるんじゃないか」とアドバイスをくれたのですが、中学で技術・工作のできが悪かった私は、「図面なんてかけない」と普通科へ進学。そのまま大学も違う道を進み、就職はマスコミ関係へ。

転職の決断

数年の社会生活をへて、全くの畑違いへ転職したことを不思議がる人がほとんどですが、私自身、前の仕事は楽しく、仕事仲間もいい人ばかりで、嫌で辞めたいと思ったことは一度もありませんでした。

何かをつくる仕事がしたい、お客さまに喜んでいただける仕事がしたい。前の仕事では、新聞を作り、読者の方にお礼を言われ、希望通りのやりがいのある仕事でした。

しかし、私の中では、父の語る家の話や、実際に中学・高校生の頃に完成見学会を手伝ったときに見た新しい家、嬉しそうなご家族の顔に、家造りも「喜んでいただけるやりがいのある仕事」、という気持ちがあり、最終的にこちらを選びました。

父の夢を応援したいという気持ちも少しだけありました。もちろん、元々家が好きなのは言うまでもありません。

「家が好きでない人間に、いい家は造れない」

「家が好きでない人間に、いい家は造れない」。父の口癖です。経験の浅い私ですが、そこだけはクリアしていると、自信を持って言えます。そして、中学時代、「図面なんてかけない」と言っていた私、今では2級建築士を目指し、製図の勉強中です。また、勉強になるからと、手書きで図面をひいてお客さまのところへ持って行くこともあります。実は図面ひくの、大好きでした。

しかし、プランとしてはまだまだで、父と2人で出来上がったプランをお持ちしても、採用されて話が進んでいくのは、父のプラン。

早く採用されるようなプランを作るゾ。

私の理想、そして感謝

他にも、建てていただいたお客さまの家を父と一緒に回るとき、お客さまと父がする会話が私にはとてもうらやましいです。

建築中は、父のことを大好きだと言っていた幼い子が、ある程度大きくなってからは近付こうとしないことに大笑いしたり、お腹の中にいた子を引き合いに、家が建ってからもう何年たったんですね、と懐かしがったり。

お客さまと、家が建ってからもずっとおつきあいができ、何かあればすぐに連絡をいただける、私もお客さまとそんな関係が築けるようになるゾ。

20代後半、夢や希望がいっぱい、学ぶこともいっぱい...。
紆余曲折をへて、今の仕事に就けていることに感謝しています。


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