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ユーリン・ホーム

社長ブログ - 2020年3月

腹も身の内

アナタの隣りの工務店
倉敷茶屋町ユーリン・ホーム。

今朝は幸運だった。

2時半からタントと
いつもの道順で散歩をし
家に戻ってきて
玄関でタントの手足を
濡れタオルで拭っていると
雨が降り出した。

ラッキー」と
思わずタントの顔に
頬ずりをした。

昨日の朝の散歩は
目覚めた時が4時前で
慌ててタントに胴輪を付け
駆け出すように家を出たが
歩いていても変に浮遊感があり
そのうち胸がむかついてきた。

『おかしいな...』と
散歩コースの途中で
引き返した。

昨日の夕方
お父さん...お酒ないよ」と
奥さんが突然言うものだから
ウソじゃろう」と
Y崎さんにいただいた
赤兎馬のビンを傾けると
720ミリリットルが空。

奥さん曰く
一昨日の夕食時
一人で飲み干したという。
2020donndonn03.jpg

どうりで昨日のお昼に
加須山のどんどん亭
奥さんとチヒロと3人で
焼き肉を食べに行った時
食欲がなかったはずだ。

チヒロもあまり食べず
仕方なく一人半を
食べた奥さんが
「今日も晩御飯は作らんぞ」と
威張るものだから
私はまた
茶屋町のマルナカ
おかずを買って
酒の肴にした。

さすがに昨夕に
飲んだ焼酎のロックは
2杯だけだった

腹も身の内...ですよね。

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三月三十日

アナタの隣りの工務店
倉敷茶屋町ユーリン・ホーム。

 30日 (月) 9:00~

昨日
ミーティングをするというメモが
デスクの上に置いてあったので
三十日は今日だったよな
と思いながら散歩をしていたら
フランシーヌの場合は...と
ごく自然に口ずさんでいた。

  フランシーヌの場合は
  あまりにもお馬鹿さん
  フランシーヌの場合は
  あまりにもさみしい
  三月三十日の日曜日
  パリの朝に燃えた命ひとつ
  フランシーヌ

  ほんとのことを言ったら
  お利口になれない
  ほんとのことを言ったら
  あまりにもかなしい
  三月三十日の日曜日
  パリの朝に燃えた命ひとつ
  フランシーヌ

  フランシーヌの場合は
  わたしにも分かるわ
  フランシーヌの場合は
  あまりにもさみしい
  三月三十日の日曜日
  パリの朝に燃えた命ひとつ
  フランシーヌ

新谷紀子さんが
焼身自殺をしたフランシーヌを歌い
1969年に大ヒットした反戦歌だった。

1969年というと立命館大学の
高野悦子さんが自殺。

遺稿の『二十歳の原点

読みながら
私も悩み涙した。

私の青春時代の死は
スランシーヌと高野悦子と
大宅歩と樺美智子だった。

大宅歩氏は評論家の
大宅壮一氏のご子息。

麹町中学・日比谷高校と
ラグビーをされていて
脳に障害を受けて
生き急ぐように
三十歳半ばで亡くなった。

遺作の『死と反逆と詩』は
私の青時代のバイブルであった。

樺美智子さんは60年安保の時に
反安保闘争の学生デモで
国会議事堂前で
圧死をされた東大生。

国家権力による虐殺だ
70年安保世代の私たちにとっては
反戦・反国家の象徴だった。

70年安保の時
私は中央大学に在籍していたが
美知子さんの父・俊雄氏が一時期
中大の教授をされていた。

不思議なご縁だと
勝手に思っていた。

青春とは
若芽が芽吹き伸びる
さわやかで明るい時期だ
と想像しがちだが
人生で一番親し気に
死が忍び寄ってくる
暗く陰湿な時期でもある。

死神が京都太秦の広隆寺の
弥勒菩薩半跏思惟像のように
たおやかで甘美に感じられ
いつも身近だったことを思い出す。

三月三十日で思い出した
ことごとである。

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サンステ岡山といただき物

アナタの隣りの工務店
倉敷茶屋町ユーリン・ホーム。

昨日はサンステ岡山南館2Fの
築地食堂・源ちゃん
奥さんとお昼をしました。

海鮮源ちゃん丼生中

店は というよりも
サンステ全体が想像以上に
賑わっていました。

岡山の感染者が3名と
人数の少ないことが
外出を控えさせない
原因なのでしょうか。

掛かりつけのお医者も
感染は防ぎようがない
と言っておられた。

感染者が増えても
死亡者の数を抑えられたら
医療崩壊はしていない
ということなので
委縮する必要はない。

とはいっても
無駄な外出を自粛する
に越したことはない
とは考えています。
2020agedori03.jpg
昼食で満腹になり
夜はいらない
と奥さんが言うもので
現ちゃんの4軒隣の
中国料理梅梅
夕食時の酒の肴として
揚鳥パリパリを買いました。

写真は半羽分です。

塩・胡椒に八角と粒山椒で
お酒に合う味付けをされていて
私一人で平らげました。

昨日はたくさんの
いただき物がありました。

2020yamseki03.jpg


2020okanori03.jpg

2020satokasi03.jpg
Y崎さんの私へのお返しは
下津井の味付一番のり
焼酎の赤兎馬でした。

一級建築士で蛸漁師の
岡本氏からも味付のり
をいただきました。

真備のS藤さんからは
焼菓子八雲晴れて

八雲たつ出雲の
【縁結ぶフィナンシェ】
だそうです。

K波さんからは
マリネとドレッシング。

写真左から
オニオン・マスタード
(北海道 野菜のディップ)
キャロット
(北海道 野菜のソースでレッシング)
ドレッシング
(たかはたファーム 和風南蛮味)
酢漬
(北海道 べジ・マリネ)

K波さんご主人はこの時期
北海道まで出張されたのだろうか?

皆さん...いつもいつも
ありがとうございます。

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晴れがましいこと

アナタの隣りの工務店
倉敷茶屋町ユーリン・ホーム。

うちの奥さんは最近
外食付いています。

昨日はスカッシュの後
中庄のパスタやケーキの食べ放題
キャリーロウで昼を済ませたとかで
夕食を作る気がしないと言われて
早島のマルナカの店屋物を買い
私の酒の肴にしました。

その前々日の昼
奥さんは下庄の庄屋で友人と会食
夜は私と金福園
ちょっとお酒を飲みました。

どっこも行かんの
ということで
今日は岡山のサンステで
お昼を食べる予定です。

奥さんが元気で
いろいろなことに
挑戦してくれるのには
感謝しています。

友人知人の輪を広げて
老後を豊かに
暮らしてもらいたい。

それが今の私の願いです。

2020yamazakirei03.jpg

今朝 
事務所に来るとデスクの上に
先日家のお引き渡しをした
児島下津井のY崎さんからの
お礼の品々が置いてありました。

家を作らせていただいて
建て主から
お礼の言葉だけではなく
お礼の品を貰えるなど
住宅会社としては
これほど
晴れがましいこと
ありません。

Y﨑さん...
ありがとうございました。

今後とも末永くお付き合いを
よろしくお願いいたします。

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ユーリン・ホームの自負

アナタの隣りの工務店
倉敷茶屋町ユーリン・ホーム。

hiroichizukotei.jpg

家造りというものは
設計図を描く時から
建築工事が終わり
お引き渡しをするまでの
数ヶ月を建て主も含んだ
家に携わる人たちと
一緒に悩み 語り 作り  
走り合ったあったことの
結果なのだと思う。

結果というより
工事の工程
工程の期間中の
数ヶ月の時間そのものが
家造りだといってもいい。

期間中にみんなで
共に使う時間の充実が
良い家を作り出す。

工事中の細やかな時間を
建て主・元請け・下請け
みんなで一緒に
走るのではなければ
そもそも家を作る
意味がない。

ユーリン・ホームは一貫して
そういう家づくりをしてきた。

同業他社が実践できない
ユーリン・ホームの
家造りだと自負している。 

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新築の家は上棟日から引き渡しまで4ヶ月

アナタの隣りの工務店
倉敷茶屋町ユーリン・ホーム。

昨日
インターネット回線で
日本ビルダーズ(株)のヤマギワ氏と
電話ミーティングをした。

ユーリン・ホームの造る家の
手間暇のかけ方を
もっとアピールするべきだと
ヤマギワ氏から
アドヴァイスを頂いた。

大手のある建築会社などは
上棟日から一月半で
家の引き渡しをすることが
監督の義務であり手腕だと
されている。

その会社の引き渡し日の家を
見る機会があったが
多くの職人を入れて
工期を短くするためか
一部屋一部屋の完成度に
バラツキがあった。

極端な部屋では
新築リフォームせんならんな
というような不具合の目立つ
部屋まで見受けられた。

ユーリン・ホームの場合は
監督が建て主と相談し
理解・了解を受けて
工事を進めていくので
そのような不具合はない。

その代わり
家の工期は長くなり
上棟日から引き私まで
4ヶ月はかかってしまう。

家作りに正解はない。

入居までの時間を優先するか
完成度の高さを優先するか
建て主の満足度を優先するか

家は現場で
建てていくものだから
全てを優先できない
品物なのだ。

そこが悩みどころだ。

.

2020sumomonhana03.jpg裏庭の李(すもも)の花が
咲きだした。

去年
枝を払いすぎて
今年の花付きは悪い。

瓜田(かでん)に履(くつ)を納(い)れず
季下(きか)に冠(かんむり)を正さず

すももの実は手で取れるほど
低い場所にはできません。

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